その頃、冒険者の宿を発ったシゼは、リューンの華やかな町並みの中を、淑やかに歩いていた。目指す場所でもあるようで、その歩みには迷いがない。
普段のどこかしめやかな装いと異なり、今日の彼女が纏うのは、着る者の華やかさを存分に発揮するものばかりだった。
仕立てのよいブラウスには柔らかに豊かなフリルが幾重にも縫いつけられ、胸元を飾るのは色彩を用いず織り糸を変えて模様付けした象牙色のスカーフ。しなやかにうねる絹の海の首もとには、一点、蒼い宝石を留めている。乗馬服風の仕立てのキュロットはしみ一つない純白で、すっきりとした脚の輪郭が露わである。風しのぎにさらりとひっかけた外套も、汚れ一つない白革だった。いずれも、冒険者にしては破格に上等な装いである。
結い上げた赤毛こそいつもの通りだが、顔を隠すベールは今日はなく、鍔の広い日除け帽子が洒脱な様子で鎮座している。この装いを一体で見ると、それは確かに女性としての戦闘装備であり、彼女の日常ならぬ様相であったといえる。
ただ、それらに一点、シゼがシゼたる最たるものを見いだすのであれば、こんな装いであっても除かれることのない、腰に備えた二短銃であった。ただそれのみが冒険者、黒衣の銃士シゼの名残であり、麗しい乙女の形＜なり＞に反する唯一の装いであった。
シゼの歩みは、鋭さも緩み始めた冬風の中、リューンの広場の一つにたどり着いた。彼女が周囲を見渡すのも僅かな時間、すぐにシゼを迎える声がかかった。
「シゼ・ロウワ嬢？」
「嫌ですわ、わたくしただの未亡人でしてよ。そんな呼び方をされる身の上ではありませんわ。貴方は手紙をくだすった手袋の君でよろしいのかしら？」
彼女の前に発つ若い男は、落ち着いた様子で肯定を返した。彼の懐に秘された馴染み深いそれを、シゼは猫じみた観察眼で見いだし、彼女はうっとりと目を細める。
「ふふ、では今日はよろしくお願いいたします。わたくし、今日のことを、とても楽しみにしていたのですわ」
さて。
その様子を物陰から伺う二対の眼差しがあった。いや、そのうちの一対については、一揃え、という表現の方がふさわしかったかもしれない。
「隊長、標的がアンノウンと接触しました！ これからどうするのエルマー兄ちゃん？」
「エルマー兄ちゃんではない、今はエルマー隊長だシルバーコイン隊員！ うーん、ここからじゃあ、よく見えないなー。相手と何してるのか分かんない」
彼らこそ、”鍋宿”亭が誇るいたずらと悪ふざけの帝王にして、レプラコーンの化身と称するにふさわしい指折りの腕白小僧二人組であった。すなわち、魔術研究の副産物たる生ける銀貨と、はしっこい折れ長耳の亜人、エルマー少年である。
彼ら二人組は、例の出立の場にこそいなかったものの、シゼの噂を聞けばすわ一大事、真実を突き止めねばと風のような早さで宿を飛び出してきたのである。子どもたちの敏捷さというのは侮れぬもので、リューンの抜け道を知り尽くした彼らは、時間的不利を押し返して、シゼに追いつくことに成功していた。
「本当に、若い人たちの情熱とはすごいものだねえ、セオ君」
「望んだ結果を掴みとる強運も、ですかな、ホラント殿。いやはや、まさか彼女に追いついてしまうとは。まあ、おかげで我々はかなりの苦労を背負い込む羽目になりましたが」
意気軒昂な二人の背後、少し距離をとったところで、一人の老人と貴族めいた風貌の男が苦笑を交わしあう。好々爺然とした老人は、ゆっくりと顎をなでて、
「まさか＜魔力感知＞の呪文札を二人がかりで準備して、ようやく追いつけるレベルとはねえ。将来有望だよ、まったく。軒下やら生け垣の破れやらをくぐり抜けさせられたのには驚いたが」
セオは黙って肩をすくめ、神経質な指使いで髪を撫でつけた。まだ挟まっていた落ち葉を髪から抜いたついでに、僅かに頭部全体が動いたのを、ホラントは見なかったことにして、
「そういえば、アロナとコーデリアはどうなったのかね。彼女らも出歩いていると聞いたけれど。例の銃工房？」
「ええ、エースとクロが付いていきましたよ。エースは面白がっていましたからひっかき回すつもりでしょうが、クロがいるなら、ま、早々むやみなことにはなりますまい」
「場所が場所だからねえ。あの二人も、腕はよいのだけれど、熱意が盛り上がりすぎると、多少気になるよなあ」
「そうですな。今は欠点のようではありますが、いずれ経験で磨かれれば、無二の長所となるでしょう。動くことを惜しんでは、我々のような世界では良い働きはできませんからな……お、どうやらちびっ子どもが動き始めましたぞ。今度の＜魔力感知＞のまじないはそちらに任せても？」
「了解した。銀貨君を見張るには、下手な＜盗賊の目＞よりもこちらだよねえ」
春風たい蕩とした声を返しつつ、ホラントはゆっくりと歩きだした。その指先には、魔術の先触れが宿っている。
＜続く＞
初出： 2012/04/11
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