オムライスの遺児


 彼らの母は美しい黄金の娘、バターまばゆきオムライスであった。身堅き卵の衣が貞淑に薄紅の体を守っていたと魔女は語る。オムライスがなぜ冬のあの日、子を孕んで森に倒れていたのか、魔女は知らぬ。知らぬが魔女は伏したオムライスに歩み寄った。白雪に染みるトマトケチャップが鮮やかであった。 オムライスの息は冬の大気に白く浮かび、魔女も知らぬ言葉を語った。哀れみ深い風と森と夜がオムライスの言葉を魔女に教え、したがって魔女は死にゆくオムライスの願いを受諾した。
 魔女の銀のナイフがその夜いかにきらめいたか、月は暗黒の衣の下に隠れ、お喋りな星々すら口をつぐんで沈黙する。魔女はオムライスの腹を裂き、まずは一人を取り上げた。米粒にぬっとりと卵液をしみこませた男児であった。
「お前をチャーハンと名付けよう。星々と火が囁いたがゆえに」
 魔女は肩掛けに幼子をくるみ、立ち上がろうとした。
 その時すいと空を星が落ちた。忌まわしいほどに青く輝く星であった。
 そのため魔女は再び死女の腹に手を伸べた。
 はたしてそこに今一人の赤子がいた!
「お前をオムレツと名付けよう。ほうき星と空が囁いたがゆえに」
 卵液そのもののような、これもまた男児であった。



 チャーハンと名付けられた男児はすくすくと育った。黄金の母なるオムライス、彼女の血はいかにも高貴であったに違いない、魔女の一族の衣を着てすら、彼の黄金の血は隠せなかった。見よ、褐色に焼けた肌の美丈夫ぶり、火に黄金のかけらがきらめくような、焼けた卵の美しさを。魔女が彼女の一族の流儀に従い仕立てた胡椒と醤油の香ばしさをまとってすら、彼の生来の美は隠せなかった。
「魔女様」
 チャーハンは澄んだ声で言う。
「魔女様、あなたの銀のナイフゆえに、風と森と夜の声ゆえに、ぼくは命を長らえ、このように火の通った姿でお目にかかることとなりました。ぼくはあなたの銀のナイフとして、これからもあなたに仕えましょう」



 オムレツと名付けられた男児もまた、すくすくと育った。彼は同じ腹の兄とは異なり、ことさら内気のたちであった。彼は魔女に語り聞かされた母の土地より衣を取り寄せ、自ら編み、織り、縫い上げ、 常に己の衣として纏っていた。ああ、黄金の袖のオムレツ、乳も手も知らぬ母を慕って黄金に装う哀れな子!
「魔女様、魔女様」
 オムレツは甘い声で言う。
「魔女様、あなたの銀のナイフゆえに、そして忌むべきほうき星の光ゆえに、おれは冬を生き延び、このように衣をまとって過ごしています。おれはあなたの衣にはなれますまいが、それでもあなたに仕えましょう」



 魔女と二人の従者の生活は、さして長くは続かなかった。
 魔女狩りの火が彼らの森に押し寄せ、鹿や兎を狩るがごとくに馬で乗り込み、狐を狩るがごとくに魔女と従者たちを追いかけた。
 チャーハンはよく戦った。銀のナイフは洗練されたマナーで魔女狩人たちを切り伏せた。しかし魔女狩人の最後の一人、東方より訪れた美しい蓮華の前に敗れ去り、偉大なる卵の子は息絶えた。
 兄の死を見ることもなく、オムレツは魔女の手を取って走った、走った、魔女すら知らぬ森の深淵までをも走り、星々の秘密の回廊と、月しか知らぬ夜の扉を超えていった。
「魔女様、魔女様。ここまでこれば大丈夫です」
 今や己の胸よりも小柄になった、古き魔女を抱いて、黄金の袖のオムレツは安堵した。彼の分厚い卵の衣は、骨すら細くなった魔女の体をやさしく柔らかく支えていた。安堵すれば不安になることがあった。
「兄はどうしているだろうか、勇気あるチャーハンはよく戦い、よく生き延びているだろうか」
 チャーハンが無事であるはずはなかったが、オムレツはあえて呟いた。
「美しいチャーハンが人間に後れなど取るものか、銀のナイフのチャーハンならば」
 長い沈黙が訪れた。果ての土地ではもはや星々は語らず、月は隠れ、夜が静かに静寂の歌を歌うのみである。
 どれだけの時間が流れたのかはわからない。ただ、星がふっときらめくように、卵がフライパンの中で黄色く焼きあがるようにオムレツの心にひらめくものがあった。
「魔女様、魔女様」
 オムレツは細い魔女の体を掻き抱いた。
 魔女の体は軽かった。
「あなたはお眠りになったのですね。この夜に」
「ああ、魔女様、魔女様。魔女様が去り、チャーハンが去り、ならばこのオムレツもどうしてここにおられましょうか。だが魔女様の眠りはこのオムレツが最後までお守りします。魔女様の銀のナイフによって、忌むべきほうき星によって命を与えられたオムレツが」
 オムレツの手に、あの銀のナイフがあった。
 かつてオムライスの腹を裂き、二人の男児を救った銀のナイフ。
 彼は深々と己の胸に銀のナイフを突き刺した。黄金の衣の深くまでを突き刺して、彼は己の胸を大きく開き、魔女の体をすべて衣の中にくるみ込んだ。
「魔女様、魔女様」
 おやすみなさい。
 魔女を自らの身に抱き込めたオムレツの声を、もはやだれも聞かなかった。ほどなくして、再び夜が歌い始め、全ては眠りについたという。


The END.



初出: 2018 on twitter




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