ある夜の明かし方
-嶺落ち星とガスターノ-


 薪が爆ぜ、積み木の一角が崩れる。ガスターノは積み木をまた一つ放り込み、太い枝で灰の中をかき回して火を上げた。彼の同行者はこういったことが不得手な姿をしていたので、今回の道行きではすっかり焚き火守が彼の仕事になっていた。時節は冬にほど近い。火をおこすのも、獣への警戒と言うだけではなかった。
 炎の熱が身のおもてを踊るようになめて行く。炎に正対する体だけは熱く、夜闇に触れる背は寒い。だから彼は振りかえり、偏屈ものの旅の連れに声をかけた。
「なあ嶺落ち、あんたもっと焚き火に寄ったらどうなの」
 夜の中で、青白い一対の光が生まれた。
 ぬめるような輝きは石の瞳。背後に横たわる狼が、ガスターノの呼びかけに振りかえったのだ。石鉄の体持つ狼は、そうやって夜の中に身をひそめるのが常である。
「お前が温まったら寄る」
「あんたいっつもそうやって後ろの方にいるじゃん」
「俺は嘘は言わない」
「そう、ならいいけどさ」
 外套と、その上にかけた毛布を掻き寄せる。この獣はなかなかに情が強<こわ>い。
 これまで何度も似たようなやり取りをしてきたので、大体のところは分かっていたが、今夜はそれで済ませるつもりはなかった。
 同じ旅の仲間なのだ、いつも一歩引いた態度ばかり取られていてはつまらない。それに、彼の“すべすべしたもふもふ”に、少しくらい触らせてくれてもいいと思う。
「………」
「何か言いたいことがあるなら口で言え」
「じゃあ言うけどさ」
 おい、と相手を手招きする。
「あんたの体、石と鉄でできてるんだろ。なら、焚き火の近くで俺のそばにいた方がすぐにあったまるし、そうすれば俺もあったかい」
「寒い夜に鉄なんか抱いてみろ、どうなるか分かってるのか」
「あんた火の術も相性がいいじゃん。それくらいどうにかできるっしょ」
「だが」
「熱捕えるのは金属の方がうまいんだから、後は逃がさないようになんとかすりゃいいじゃん」 
 無茶をいう、と狼は歯をむき出して呻いた。

 最終的には、それが肯定の返事だった。
 抱きしめてみた嶺落ち星の毛並みは冷たく、時に鋭かったが、焚き火の熱を浴びるうちに不思議と温かみが増してきた。腕の中のいきものは、ただの獣のようだった。
 なんだ、やればできるじゃないか、と思う。
 力を少し込めてみた。
 腕の中で、狼が鼻を鳴らすのが聞こえた。それは、悪くない、という言葉に似た響きを持っていた。


 その夜、ガスターノは流れ星を受けとめる夢を見た。その星は冬の夜に暖かく、ガスターノの懐で輝いていた。



<END>



ガスターノくんお借りしました。
初出: 2011/12/08 http://www.twitlonger.com/show/ejvu50
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