手のひらにぎゅっと握りしめた気持ちの輪郭は三角形をしている。――圧縮おにぎり

モクジ
「牧本サン。おにぎり食べる?」
 昼時の来訪者は、そんなふうに切り出した。
 唐突だな、と思いながら紙袋を抱いた牧本は声の主を見上げた。
「夏野サン」
 大型犬の顔をして猫の挙動を取る先輩がそこにいた。赤ギンガムの布包みを右手から下げている。この人はいつ見てもおおむね人生にワクワクしている顔をしているが、今日は特にその傾向が強い。ご飯時だからか。
「どうしたですか」
「牧本サンいつもどこで何食ってんのかなって思って」
 それはご苦労なことです。
 とまではさすがに言わなかった。相変わらず意図が読めない。
 とまれ、横に座る許可を求められたので、頷きひとつで受け入れた。場所はたくさんあるのに、わざわざここを選ぶのか。奇矯な人だ。違う。ん、間違ってない気もする。いや、違ったことにしよう。奇特な人だ。
「んで。おにぎり」
「はあ」
 手に、ラップ包みのおにぎりを一つ乗せて。夏野が差し出す。
「食べない?」
「…………」
 年齢が三つも上となれば、結構手のひらの印象も変わるものだな、と思う。自分よりも明らかに大きいというのはおいても、指が長くて、骨の輪郭がしっかり出ている。自分の手もこれぐらいであれば、もっと動物の世話が楽になりそうだな、と思った。掴んで回す系の動作となると、女の手では不便を感じると気がある。
 いや、違うな。そっちではない。今見るべきはおにぎりだ。視線をずらす。
 市瀬サンあたりがみたら喜びそうな正三角形だな、というのが第一印象。角立つ三角形の輪郭が、夏野の性格の印象と少し不一致だった。
「食べてほしいんだけどなあ」
「はあ」
 疑問詞は絶えないが、善意の出発点があるらしい、とは感じた。
 ならば、 
「いただき、ます」
「はい、頂かれます」
 夏野の人生ウキウキ度がおよそ30%上昇するのを、牧本は観測した。この人は他人にご飯を与えるのが好きなのだろうか。
 受け取ったおにぎりに、牧本は少々の違和感を感じた。が、その正体にはどうもたどり着けなかった。なので、ラップを開き、口をつける。適度な塩味のついた、身の締まったおにぎりだった。何の変哲もない。
 一口。また一口。咀嚼する。
 夏野がこちらを見ている。目つきは穏やかだし、無害な感じは伝わってくるのだけど、すこし居心地が悪い。
「夏野サン。ご飯食べない。ですか」
「あ、いや。食べる食べる」
 ようやく今が昼食時であることを思い出したような顔で、夏野が慌てて自分の布包みから弁当箱を取り出した。
 道具箱のような大きさが圧巻だった。これが高校生男子というものか、と率直な感想を抱く。他人のお弁当なんて、後小路やら市瀬、清水他、ゲームで一緒になる女子の者ぐらいしか見たことがないのだけれど、彼女らの弁当箱が二つは入りそうだった。
 彼が開いた弁当箱の中身は唐揚げやらアスパラのベーコン巻やらで、やたら茶色をしている。タンパク質が多いのと、炒め調理が多いせいだろうか、と推測する。ご飯がないな、と思っていると、布包みからさらにひとつおにぎりが出てきた。
「夏野サン」
「ん?」
 から揚げも食べる?というあっけらかんとした問いにかぶりを振って、
「ご飯足りるですか」
「予定ではね」
 涼しい顔でうなずいている。あのおかずの量に、おにぎり一つでいいのか。
「さよで」
 釈然とはしないが、本人がそう言っているのならそうなのだろう。ここが人狼ゲーム中なら、もうすこし★で疑問を重ねるところだが、まあいい。
 牧本はおにぎりの摂取に立ち戻る。
「ん」
 おにぎりを半分ほどまで齧ったところで、牧本は先ほどの違和感の正体にようやく気付いた。
 純粋に重いのだ。
 ご飯粒の感覚も少々違う。口の中でのほどけ方に違和がある。普通のおにぎりであれば、口に噛み取った時点で柔らかく米粒単位にほどけていくところを、このおにぎりは咀嚼を要求するのだ。それはつまり、米粒同士の接着力が違う、ということであり、おにぎり中の空隙率が非常に低い、ということである。
 そして、おにぎり中の空隙率が非常に低いにもかかわらず、おにぎりは小さくない――一般的なおにぎりの大きさに納まっている、ということは。
 おそらくは、通常のおにぎりに数倍する量のごはんがこのおにぎり一つに込められている。通常のおにぎりがふんわりと握られているのに対し、押しつぶす動作でもって圧縮したのだろう。当初の観察で、角立つ綺麗な形状だという印象を受けたが、それはきっとこの圧縮過程によるものだ。正三角形の辺を作るように三方から圧縮しているのだとしたら、理屈が通る。
 ただ、それが理解できたところで問題は残る。
「これ、多いな」
 無心にかじった結果として、腹加減としては結構な充足を感じていた。それにもかかわらず、おにぎりの量は半分以上残っている。
 これは、少々よろしくない。ラップにくるみ直して後で食べてもいいだろうか。いや、くれた人の前でそれはさすがにちょと。加えて、時期も時期だ。痛むかもしれない。梅干しが入ってないのだ。
 そんな葛藤を察したのか、夏野が首をかしげた。おにぎりを示して、
「半分貰おうか?」
「食べかけですけど。いいです?」
「大丈夫だ、問題ない」
 妙に張り切り顔だった。自分の腹加減とこれまでの当該おにぎり経験から、必要な分だけを残して割る。大きなおにぎりの断片を夏野に渡した。
 そのまま、二人で並んだまま、無言でおにぎりを食む。
 なんとなく、何も言わなくてもいい気がした。沈黙の居心地が良い。
 そんな無色の時間だからこそ、気付いたことがあった。おにぎりの最後のかけらを飲み込んで、パックのイチゴ牛乳で口をしめる。選択を間違えたな。まあいい。
「夏野サン」
「何?」
 横目に向けた視線が絡んだ。大きな猫が笑っている。
「仕組んだ。ですよね」
「さあて、どうかな」
 大きい猫の目が細くしなった。
 ライン切り<ごまかし>にしては詰めが甘い。
 言いつのろうとしたところで、ふっと夏野が歯を見せて笑った。
「そうだな、――君が思いたい方でお願い」
「――じゃあ」
 ううん。解釈をこちらに投げてくるというのは、ゲーム中ならちょっと白っぽいというか、ノーガード感なのだけど。
 今はゲーム中ではないので。牧本は彼女の解釈でもって応じることにした。
「気が向いたら。おべんと、また分けてください。今度は普通のおにぎりがいい」
「分かった」
 好きな具材は何か、というので、ツナマヨだと答えておいた。
 今度は、自分も何か作ってきた方がいいだろうか。夏野が購買で何を買っているかを参考にしようと思ったけど、記憶にあるこの人はいつも謎商品ばっかり持っていた。購買が、たまに新規路線を開拓しようとして冒険しすぎたやつ。でもなぜかこの人はよく持ってる。駄目だ、これは参考にしちゃいけない。やめよう。
 どうしたものかと思いながら夏野の顔を見上げた。奇特なこの上級生は、上機嫌な大型犬めいた表情だった。裏で飼っているポッカが、たしか散歩に連れ出された時にこんな顔をする。
 この人は食べ物の種類にはあんまりこだわらないんじゃないか。そんな気がした。
 なら、自分の好きなもの、作り慣れたものを、持ってきてみようか。そういうことを教えてみたらどう反応するだろうか。牧本の視線に気づいて口を開く夏野を見ながら、牧本は少しだけ笑うことを自分に許した。






-余談-
津田「姿見掛けねーと思ったら夏野何やってんだ……」
梅ノ木「あいつに恋心をインストールするのは大仕事だったぜ……牧本を男子と勘違いしてたって懺悔した時、夏野が覚醒しなかったら、さすがの俺といえど諦めていたかもわからん」
尾崎「父親の顔だな梅ノ木」
津田「はっはァ……しかしこんな人目につかないところで並んで弁当とは、あいつも青春だなァ」
梅ノ木「羨ましいのか? 津田ァもやりゃいいじゃん」
津田「なんだそりゃ」
梅ノ木「豚のしょうが焼き弁当」
尾崎「デザートにくし切りのオレンジ」
津田「ファッ?!!!?」
梅ノ木「そうか、美味かったかー」
尾崎「星見夜は和食が上手いらしいからな、よかったな」
津田「お前らもお前らで各自誰から聞いたんだそれェ!!!」

-さらに余る-
星見夜「へっくち」
市瀬「へっくし」
後小路「二人とも風邪ー? クーラー冷え予防に、カーディガン一枚持っておくといいよー?」
どっとはらい。



初出:7/17/2014 http://www.twitlonger.com/show/n_1s2gvj0
BACK
2014 @huhgi